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Hors Piste Japon
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14:00-17:30
<実験映像 ジェネラル・プログラム 上映&シンポジウム>
新しい映像は、私たちに開かれている。それは私たちとともに、この時代を歩む。
それは私たちに一番近い映像なのだ。ここに集められたアーティストの作品を見るとき、
彼らがめいめいのやり方で、この世界と真摯に取り組んでいるさまと出会うに違いない。
新しい映像の探求は、新しい生き方のリアルな創造なのだ。
私たちはそうした作品をとおして、今の世界をいっそう深く、多彩に発見することができる。
現代の日常に映像はあふれている。だがそのほとんどは、「場をもたせる」ためだったり、
「流される」ためのものばかりだ。そうした映像は、見れば見るほど、私たちを世界から、
リアリティから遠ざけてしまう。
しかし「いま・ここ」という地点に立ちとどまって、映像というメディアと懸命に奮闘している
アーティストたちがいる。彼らの作品としばし向き合い、彼らとともに世界をもう一度見なおすこと。
そして、映像をとおして感じ、考えることで、世界に一歩近づくこと。
そのような経験を、この機会に持ってもらえると幸いである。(河合 政之)
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14:00-15:00
<上映プログラム 1 >
「マテリアル/技法の幻影 」
上映作品:
奥山 順市 「まぜるな」
太田 曜 「PILGR IMAGE of TIME」
石田 尚志 「海の映画」
瀧 健太郎 「Living in the Box -square-」
服部 かつゆき「モニター」(ヴィデオ・ライヴ・パフォーマンス)
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<各作品解説>
まぜるな
Don't Mix It(MAZE LUNA)
2008, 16mm, 5min
作者 Director:奥山 順市(Jun'ich Okuyama)

映像を観よ!イメージはチカチカ。サウンドはボツボツ。黒点は現像液。白点は定着液。私は、現像液と定着液を
生フィルムへ直接ペイントしてこの作品を制作した。“暗室作業を白日の下にさらせ”をスローガンに、私は、
現像・定着の魅力に独自の美学で迫った。
プロフィール:
1947年東京生まれ、実験映画作家、千葉県在住。69年玉川大学芸術学科卒業。1971年「発声活動大写真」
安田生命ホールから、2008年ぷりぷりの直感4 SUPER DULUXE まで、様々な映画祭や、グループ上映に参加。
PILGR IMAGE of TIME
2008, 16mm, 14min
作者 Director:太田 曜(Yo Ota)
共同制作者 Collaborator/サウンド sound:山崎 修(Osamu Yamazaki)

「映画のスクリーン上の画面は、撮影された当時カメラの前にあった情景が、そのまま再現されている」という、
ある種の“思い込み”についての考察の映画。そしてまたそのような思い込みは、広い意味での教育によって
培われたある種の“信仰”のようなもの、と言えるのかも知れない。
プロフィール:
1953年東京生まれ、実験映画作家。フイルムによる映画の物質的部分と、メディアの構造的部分を問題にして
作品を制作。実験映画を通してのフランスと日本の交流活動を1997年から行なう。国内外での上映多数。
海の映画
Film of the Sea
2007, Video, 12min
作者 Director:石田 尚志(Takashi Ishida)
製作 produce:横浜美術館 (Yokohama City Museum)

映写機によって映し出された白黒フィルムの海と、そのスクリーンから溢れる青い絵の具。数回に渡って波の
ように反復されるイメージに、「無音」「モーリス・ラヴェルの水に関する3つの曲」「声と水の速度変換に
よって表現された映写機の音」といった異質な音楽が添えられている。
プロフィール:
1972年東京都生まれ。映像作家・美術家。作品に「フーガの技法」(愛知芸術文化センターオリジナル映像作品)
や「海坂の絵巻」など。07年五島記念文化賞美術新人賞受賞。多摩美術大学講師。
Living in the Box -square-
2009, Video, 13min
作者 Director:瀧 健太郎(Kentaro Taki)
共同制作者 Collaborator/ダンス dance:伊達 麻衣子(Maiko Date)、
オペレーション operation:大江直哉(Naoya Oe)

箱の中に様々な身体の部位が現れる。閉ざされた空間で何かを探すように動くそれらの身体と、敷き詰められた
物質が一つの緊張感を生み出す。私たちの現状を示唆するようなこの閉塞状態から抜け出せるのだろうか。
プロフィール:
山本圭吾とミヒャエル・ザウプに師事し、ビデオの立体コラージュ、インスタレーション、パフォーマンスなど
様々なビデオアート表現を行う。映像の意味を無化するビデオのカット・アップやコラージュ、都市風景や身体の
イメージの切り刻みで構造を露わにする。VCTokyo 代表。
モニター
Monitor
2009, Video Live Performance, 10min
作者 Director/Performer:服部 かつゆき(Katsuyuki Hattori)

映像機器そのものに個性がある。その個性を見極めて光の律動を作る。カメラは光という線で世界を監視する。
その光線をモニターと交錯接続させると、私たちはどのような世界を見ることになるのだろうか。
プロフィール:
1973年東京都保谷市生まれ。ビデオアーティスト。ライブでは、アナログ映像機器を組み合わせて、
アブストラクト・ビデオ・パフォーマンスをおこなう。
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15:15-16:15
<上映プログラム 2 >
「イメージ/視線の変奏」
上映作品:
永岡大輔 「A Poem of Blind Alley」
辻直之 「エンゼル」
小瀬村真美 「朽 -Decaying-」
狩野志歩 「Feinfuegig… unueberholbar…」
Tokyo Mob 「Democracity」
西山修平 「SHOT -sabotage syndrome-」
飯村隆彦 「I am (Not) seen」
相内啓司 「Imago - 鏡の中」
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<各作品解説>
A Poem of Blind Alley
2005, Video, 4.27min
作者 Director:永岡 大輔(Daisuke Nagaoka)
共同制作者 Collaborator/音楽 music:XOEXAB

成功も失敗も、偶然も必然もすべては単なる現象なのか、あるいは思考や心の力が導く形而上のものなのだろうか?
とある袋小路で繰り広げられる、人間と生物達のドラマの交差点を描いた作品。
プロフィール:
1973年山形県生まれ 東京在住。ドローイング作品を中心に、映像・立体・インスタレーションと幅広く手がけ、
国内外の個展/グループ展にて発表。今年9月にはパリでの個展の他、同じくパリでのパフォーマンスイベント
La Nuit Blanche にも参加予定。
エンゼル
The Place Where We Were
2008, 16mm, 6min.
作者 Director:辻 直之(Naoyuki Tsuji)
共同制作者 Collaborator/音楽:高梨 麻紀子(Makiko Takanashi)

手をあわせて願う。彼女の願いは上昇してゆく。空の高い高いところを巨大ななにものかが翼をひろげて飛行している。
その背中には背骨にそって山脈があり、山の麓には広い広い森がある。森の深いところでは、大きな目をした三人の
頭足人がトランプに似た不思議なカードでゲームに興じている。ゲームの行方は、彼女の願いの成就に強い影響力を
持っている…。
プロフィール:
1972年静岡県生まれ。幼年期からマンガ家に憧れる。東京造形大学を彫刻の学科で卒業後、野外インスタレーション
「スクラップ祭り」、木炭画の短編アニメ映画などを制作。2004,5年と二年連続でカンヌ映画祭監督週間に招待。
朽 -Decaying-
2001, Video, 6.15min.
作者 Director:小瀬村真美(Mami Kosemura)

カラヴァジオの静物画を参照した《朽》。絵画では凍結された瞬間のその後を追ってみたいという気持ちから
この作品が始まり、一連の絵画を模倣した作品群へ展開してゆく。実際に絵画空間を再現しようとすると、花や果物は、
現実では決してあり得ない状態で置かれることになる。絵画では画家による作為があらゆる部分で働いていることが
よくわかる。
プロフィール:
写真の加工や絵画の構図などを巧みに利用した映像作品やインスタレーションを手がける。東京都現代美術館、
Asia Society and Museum N.Y. など国内外で展示上映多数。
Feinfuegig unueberholbar しなやかに、追いこすこともかなわぬまま
2007, Video, 9min
作者 Director:狩野 志歩(Shiho Kano)
共同制作者 Collaborator/音楽:渡邊 ゆりひと(Yurihito Watanabe)

ライブパフォーマンスのために制作された60分の作品を再構築したもので、パウル・ツェラーンを一つの道標とする以外、
映像と音楽は全く個別の創作過程を辿り、パフォーマンスにおいて初めて邂逅、さらに呼応し合いながら9分の作品へと
纏められた。その意味で映像作品であり音楽作品でもあると言える。
プロフィール:
96年よりフィルム及びヴィデオによる映像作品、インスタレーションを手がけ、国内外の映画祭、展覧会で発表。
武蔵野美術大学「パリ賞」受賞、及び文化庁新進芸術家海外留学制度にて渡仏、パリ国際芸術都市に滞在(05〜06年)。
Democracity
2009, Video, 4min
作者 Director:TokyoMob

多くのSF小説家が予告したように、行政主導の都市デザインは治安対策を強化し、人が人を信頼する能力を奪う。
この映像は市民が相互に監視しあう「東京都安全・安心まちづくり条例」の施行に抵抗した人々の記憶となっている。
プロフィール:非公開
SHOT -sabotage syndrome-
2007, Video, 10min50sec
作者 Director:西山 修平(Shuhei Nishiyama)

映像における「破壊」は衝突するイメージと音との時間的一致という「瞬間」を絶対的な境界線とすることにより
視覚化される。映像と音の操作を通じて「瞬間」をずらし、映像における破壊のイメージを破壊すること。
プロフィール:
映像作家。1976年神奈川県生まれ。2002-05までVCTokyoに参加、2007-08までオーストラリアに在住し
制作活動を行う。ビデオを通じて世界を理解し、変革する可能性を提示する。
I am (Not) Seen
2003, Video, 5min.
作者 Director:飯村 隆彦(Takahiko iimura)
共同制作者 Collaborator/Computer interface:岩島 民和(Tamikazu Iwashima)、
サウンド sound:佐藤 実(Mitsuru Sato)
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Seeing(見ること)の問題を扱うこの作品は、アメリカにおけるアジア人(私)が黒人と同様に「見られたり」
「見られ(え)ていない」にも関わらず(あるいはそれ故に)、「私はあなた(白人/他者)を見ている」ことを
示唆している。
プロフィール:
実験映画を1960年、ビデオアートを1970年以来制作、インスタレ−ション/パフォーマンスを含め、ニューヨークの
近代美術館、パリのポンピドゥセンター、東京の写真美術館などで個展、回顧展など多数。
Imago - 鏡の中
2004 - 2007, Video, 9min 57sec
作者 Director:相内 啓司(Keiji Aiuchi)
共同制作者 Collaborator/出演 actress:河西 恭子(Kyoko Kawanishi)

初めて鏡を覗く幼児は他者としての自分の姿 (imago) を発見し、身体性から意識を外化して、他者としての自己像に
視線を注ぐ。そのような身体性を欠いた視線には狂気が宿る。映像は本質的に不在の世界の再現前であるという
エロスを持つだけではない。それは機械の眼による再現前として、狂気にも触れている。
プロフィール:
映像・造形作家。京都精華大学・大学院教授。映像作品発表多数。著書『ビル・ヴィオラ『ミレニアムの五天使』、
その闇、天使、ことば、』(-273℃映像芸術研究所)、『21世紀における芸術の役割』(共著、未来社)、
『メディアアートの世界』(共著、国書刊行会)他。「25FP・ザグレブ国際実験映画祭」キュレーター(05)他
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16:30-17:30
<シンポジウム>
「まなざしのメディア/メディアへのまなざし」
パネリスト:阪本 裕文、太田 曜、瀧 健太郎、ジェラルディン・ゴメス(Hors Piste ディレクター)
パネリスト・プロフィール
阪本 裕文(Hirofumi Sakamoto):
京都精華大学大学院 芸術研究科デザイン専攻(映像分野)修士課程修了。実験映画・ビデオアートを中心として、
研究活動と展覧会企画を行なう。共著『メディアアートの世界 実験映像1960−2007』(国書刊行会、2008)。
展覧会企画・監修「初期ビデオアート再考」(名古屋市民ギャラリー矢田、2006)など。
太田 曜(Yo Ota):
1953年東京生まれ、実験映画作家。フイルムによる映画の物質的部分と、メディアの構造的部分を問題にして
作品を制作。実験映画を通してのフランスと日本の交流活動を1997年から行なう。国内外での上映多数。
瀧 健太郎(Kentaro Taki):
山本圭吾とミヒャエル・ザウプに師事し、ビデオの立体コラージュ、インスタレーション、パフォーマンスなど
様々なビデオアート表現を行う。映像の意味を無化するビデオのカット・アップやコラージュ、都市風景や身体の
イメージの切り刻みで構造を露わにする。VCTokyo 代表。
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18:15-21:00
<"Visual Philosophy"プログラム 上映&カンファレンス>
映像は、思想である。ただしそれは、見ること、聞くこと、そして時間という身体感覚に根ざした思想である。
映像を見ることは、思想を身体で感じることなのだ。
上映プログラムでは、思想を身体的な感覚においてあらわすということを追求した、実験映像の試みを紹介したい。
60年代以来実験映像の運動をリードしてきた飯村隆彦氏の、視覚として経験される時間や、声とイメージの関係を
テーマにした作品、そして電子映像の「乏しいイメージ」の氾濫がもたらすリアリティの不在をテーマとした拙作を
上映する。
さらにその後のカンファレンスでは、映像を見る身体を思考する「映像身体論」を展開している宇野邦一氏に
参加していただき、身体的な思想としての映像について語り合いたい。(河合 政之)
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18:15-19:15
<上映プログラム>
「時間、声、視線」
上映作品:
飯村 隆彦 「1秒24コマ」
飯村 隆彦 「Talking in New York」
河合 政之 「スペクタクルの社会における神学的状況について」
河合 政之 「不在の風景」
河合 政之 「表れの中へ」
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<各作品解説>
1秒24コマ
24 FRAMES PER SECOND
1975-78, 16mm, 12min.
作者 Director:飯村 隆彦(Takahiko iimura)

1秒間の分数シリーズをクロミとスヌケの断片で交互に見せてゆく。「時間と空間の実験についても、光と影、
視覚と聴覚に関しても、また観客への要求と潜在的な報酬という意味でも、この作品は飯村作品の精髄である。」
(スコット・マクドナルド)j
Talking in New York
1981-2001, Video, 11min.
作者 Director:飯村 隆彦(Takahiko iimura)
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ジャック・デリダが「現象学的な本質」と呼ぶ、「私が話すことを同時に私自身聞く」の文とその変形を、作家が自ら
ニューヨークの様々な場所で英語と日本語で発声する。「聞く<私>」と「話す<私>」とのアイデンティティを
問題にする。
スペクタクルの社会における神学的状況について
About a Thelogical Situation in the Society of Spectacle
2001, Video, 6min.
作者 Director:河合 政之(Masayuki Kawai)

マスメディアの露悪的な模倣によって、スペクタクル社会から引用されたイメージの奔流が、スペクタクル社会
それ自体の廃墟を幻視させる。
不在の風景(『不在』第1章)
Absent Landscape
2002, Video, 11min.
作者 Director:河合 政之(Masayuki Kawai)

東京の様々な、だが均質で虚無感の漂う風景をバックに、一人の女がメディアのイメージとしての自己とそれを見る
観客の存在を問いかける。彼女は観客をイメージの世界へと誘う巫女であり、また観客を罠にかける悪魔でもある。
「風景」とはメディアの隠喩でもある。
表れの中へ(『不在者を観ることについて』第2章)
Into the Appearances
2004, Video, 7min.
作者 Director:河合 政之(Masayuki Kawai)

われわれの属する世界=メディア社会の全体が、不可視でありながら遍在する神秘的な不在者として現れることについて
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19:30-21:00
<カンファレンス>
「映像の冒険―身体を持つ思想へ」
ゲスト:飯村 隆彦、宇野 邦一
ホスト:河合 政之
パネリスト・プロフィール
飯村 隆彦(Takahiko iimura):
実験映画を1960年、ビデオアートを1970年以来制作、インスタレ−ション/パフォーマンスを含め、ニューヨークの
近代美術館、パリのポンピドゥセンター、東京の写真美術館などで個展、回顧展など多数。
宇野 邦一(Kuniichi Uno):
アルトー、ベケット、ジュネ、ドゥルーズなどの研究、翻訳をしつつ、ダンス、演劇、映画を考えるベースに
なりうる身体論を追求する。著書『映像身体論』、訳書ドゥルーズ&ガタリ『アンチ・オイディプス』など。
立教大学教授。
河合 政之(Masayuki Kawai):
哲学的かつ先鋭的な映像作品を制作、世界30ヶ国以上で上映。NY、パリ、イスラエルなどに滞在。展覧会の
オーガナイザーとしても活動し、見ることで考える、という "Visual Philosophy" のコンセプトにもとづく
プロジェクト「REF lab.」を展開。
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