visual philosophy salon

vol.0

at Apple Store Ginza

2008/05/10

中村明子 『Woman for Art』





河合:それでは作者の中村明子さんにお越しいただいていますので、みなさま拍手でお迎えください。

そうですね、この作品はいろいろな過去に芸術作品の中に現れてきた、そういう女性たちへの讃歌、女性による女性の讃歌なんだと中村さんは以前に話されていましたが、同時にぼくが感じましたのは、最後にその女性がイメージに溶けていくというか、あの辺とかですね、どちらかというと空恐ろしい、何か不気味なホラーみたいなものも感じたんですけれども。


中村:そうですね、これはこれまで描かれてきた美術の作品において女性が描かれてきた、絵のタイトルになっています。それはみんな昔の作品なんだけれども、今でももちろん女性の美ということはすごく大きなテーマだと思っていて、でも「美」というのは基本的にすごくいいことだと思うんですね。美の内容はすごく変わってきているんだけれども、美しいことはいいことだというのは、絶対に変わっていないような気がするんです。

ちなみに「美」という漢字を雑学すると、みなさんご存知かもしれませんが、一説によると、「羊」が「大」きいと書いて「美しい」。それは昔中国の牧畜をしていた人たちが、儀式などに大きな羊を捧げるということが行われていて、じゃあ捧げるなら大きい羊の方がいいだろうということで、大きい羊はいい羊だ、で、いい羊は美しい羊だということで美しいという漢字ができたという説があるんです。ちなみに先日ですね、中国人の友人にこれを言ったらそんなことは知りませんと言われてしまったんですが、まあそういう俗説があり、その真偽はおいておくとして、「美」の意味はそれからずいぶん変化していると。

大体今あまり「美しい」で羊を想像する人はいないんだけれども、でも内容は変わってもとにかく美しいことはいいことだと、しかも女性が美しいことはとってもいいことだというのは変わっていなくて、私もそれは否定できないというか、きれいなことはすごくいいことだと思うんですね。絶対否定できないものを、でも今ちょっと違和感があるときにどうするか、という。


河合:なるほどね、何か美しいと言われているものが、今美しいっていうふうに単純に受け入れられるかどうかというと、それはそうじゃないんじゃないか。いろいろな情報として美しい何か、たとえば女性の美しさを求める雑誌とかの情報を見たときに、本当にそれが美しいのかって、何かこう単純に美しいことはいいことだって言えなくなっている状況がありますよね。


中村:そうですね。そういう状況があるにもかかわらず、やっぱり美を追求すると止まらなくなっちゃうようなこともあるし、あとそれが美しいと思ったらもうしようがない、という部分もあると思うんですよね。だからもうちょっとソフトに、美をもうちょっとだらっと広げられたらいいなと思っていて、でもその思いはまだ、この作品にはそんなには表れていないというか、これは何というのかな、その美と女性とその魔法みたいな関係というか、魔術的な関係というか、そういうことを何となく表せたらいいなと思いました。


河合:ありがとうございました。次の作品、藤井光さんの『飛行少年死す』という作品をご覧いただきたいと思います。

次:藤井光 『飛行少年死す』
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